もうひとつの柏10:『あしたのテガムラ』

柏マニアNo.
10
杉野
すぎの
光明
みつあき

すぎの梨園

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今回、このコラムにおいて10回にわたり私の暮らす手賀地区を紹介する機会をいただきました。その最後にわがムラのこれからの具体的な姿を提案して問題提起したいと思います。

手賀沼に囲まれた手賀地区は、遺跡や史跡をたどると一千年以上も稲作や水運に恵まれた快適な居住空間のなかでムラを作ってきたようです。もちろん、長く続いた家が消滅したり外から流れてきた人が住みついたりと、人の入れ替わりはあったでしょう。旧手賀村と旧風早村が旧沼南村に合併するときの人口は手賀村の方が多かったという話も聞きます。その後の社会情勢の変化により、まず都市計画という土地利用規制が敷かれ、次に地場産業である農業がうまくいかなくなり、そして今、生活様式が一致しないと子供たちから見放され、子育て世代の流出と高齢者世帯の増加から首都40km圏内の過疎地域になっています。
今、わが家はどうなる?わがムラはどうなる?といった不安の声があちこちから聞こえてきます。だからといって、移住する「定住人口」や観光に来る「交流人口」を増やすという施策を単純に進めても、これまで身内で仲良く暮らしてきたような住民にとっては急激な変化は刺激が大きく、不安感を増すことになりかねないように思います。定住人口や交流人口を増やす施策も他地域との競争に勝ち続けなくてはなりません。これまでの経済成長を望めぬ成熟社会では小さくとも安定して持続できる地域社会の実現が求められるのではないでしょうか。手賀地区はこれまで9回にわたり紹介してきたように“一周遅れの先頭ランナー”よろしく、幸いにその資質は十分にあるように思います。


手賀川の早朝定点観測2020年1月16日6時06分

地域が安定し持続できる状態というのは、人口規模の大小に関わらず地域内で世代交代ができるということであると考えます。いまの手賀地域は世代交代ができずに地域社会が縮小している状態です。その要因のひとつは子育て世代の居住環境が地域内に欠如していることにあります。集落には大きな住宅はあるし、敷地内に別棟も建てられるほど宅地も広い。鉄道駅まで車で10分で都心まで通勤することもできるのに、なぜ若い人たちはここに住まないのか?これまでのわれわれ世代はそうして地域内で暮らしてきましたが、今の若い世代はそうは考えません。大家族同居のライフスタイルを敬遠する傾向があるようです。都市計画は人為的なものですし、産業振興は努力のしがいもありますが、ひとの価値観を変えてもらうのはたいへんむずかしい。良かれと押し付けてもかえって反発されるもの。ここはそれに沿った変革をしなければなりません。

では、親の干渉を受けたくない若い世代の望む住環境が地域内にあるかといえば、現状では手賀の杜住宅地周辺の一部のアパートぐらい。ほかはすべて市街化調整区域で、実家が土地をいくら所有していても地域内に自由に家も建てられない。したがって、親の面倒をみるつもりだとか地域内で仕事をしているような若い世代は、近接した市街化区域内のアパートやマンションに暮らすことになります。始めのうちはいつか実家に帰ろうと考えていても隣のマチの方に生活拠点ができれば戻る気持ちも薄れ、隣マチで育った子どもたちは親の実家からはさらに遠のきます。近年、柏市では東部3集落周辺での新規住宅建設を容認する条例ができてはいるのですが、ならば市街化調製区域指定を解除し都市開発を許可した方がよいともいえません。都市基盤整備が整う前に無秩序に都市開発された周辺の地域をみれば明らかですし、国全体で人口減少時代を迎えるこれからも既存の都市開発が必ずしも地域課題を解決するとはいえません。

手賀川の早朝定点観測2020年2月14日7時04分

さらに高齢者世帯の増大です。高齢化に伴い行動能力が減退し、地域内に店舗や医療機関が少ないことから利便サービスへのアクセスが一層難しくなります。隣近所に同様な高齢者がいる場合には情報交換することもできますが、そうでなければ引きこもり状態に陥ります。幸い現在の地域内の高齢者は同じ小中学校の同窓生であったり、若い頃から仕事や地域活動を通じて顔見知りだったりして、交流を重ねてきました。もし、最低限のサービスが用意されて生活に不便を感ぜず、孤独を避けられる場が地域内にあるなら、自宅を離れて集まって住まうことを選択する高齢者も出てくるのではないかと思われます。地域内にそういう高齢者住宅があれば自宅にもすぐ帰れますし、毎日自宅や畑へ通うこともできる。介護付き住宅があってもいいですが、賃貸の高齢者アパートのようなものでいいのです。いわば隠居団地です。高齢者の転居した大きな実家には子育て世代が入ってくるかもしれません。

手賀川の早朝定点観測2020年10月26日5時40分

手賀地域内にこういう若い核家族が住みたくなるようなおしゃれな住まいや隠居暮らしを望む高齢者住宅が混在する低層の集合住宅はできないでしょうか。もちろんその中には小さなスーパーマーケットや診療所、保育園もあったらいいですね。いわば、手賀地域の新たな中心拠点です。戸建て住宅用地を用意する必要はありません。既存宅地やこれまでの施策で十分と思います。

そこで具体的な提案です。
● 小中一貫校を手賀の丘少年自然の家周辺に新設します。農地も残し、周辺の自然環境や公園と組み合わせたユニークな教育プログラムを提供し、外部からの転入生も受け入れます。自然の家の一部の宿泊機能を国内留学生の寮として活用することも可能です。
● 手賀中学校の移転跡地に低層集合住宅と様々なサービス拠点を建設します。手賀東小、西小学校跡地には介護付き高齢者住宅でも進出してもらいましょうか。
● 地域の活性化策は農業振興策を中心に検討すべきと考えます。

以上、勝手な思いつきを並べてみました。

以前、地域創生の先駆者として前田正名が紹介されていました(朝日新聞2016年7月27日、28日経済面)。明治政府の官僚だった前田は上からの富国強兵を進める政府に反対。“まず是ぜから”と下野して「下からの地方振興」を訴えたといいます。『是ぜ』とは地域の計画、進むべき道という意味。繊維メーカーのグンゼは前田に共鳴した創業者が「郡是製糸」を発足させたもので、当時、1000近くの会社が是を社名に付けたといわれます。地域振興するための①地域資源の活用、②シンボルとなる「是」の作成、③組織による協働が前田のメッセージといいます。新聞では、前田が残した森を生かして北海道阿寒湖温泉が住民参加で街づくりと観光を結び付けビジョンを作り、「住んでよし、訪れてよし」を実践していることが評価され、海外向けブランド発信の重点候補に選ばれたことも紹介されています。

手賀川の早朝定点観測2020年11月13日5時45分

国の農政は、現在、農村の多面的機能や農村都市交流、食育など国民的理解の醸成とともに進める農村政策(地域政策)から、農産物輸出や成長産業化などの農業生産性を追求した政策に改定されつつあることも指摘されています。柏市内でもスマート農業を取り入れ企業化へ舵をきる農業事業者はいるでしょう。しかし一方で、柏市には多くの住まう人たちがいて、商業集積もあり、先端技術の発信地でもあり、さらに比較的広大な農地があって、栽培技術の蓄積もある。多様なマチの姿を内に抱えた自治体です。これらをどう協調させ新たな創造を生み出すきっかけとするか。たいへん興味深いまちづくり課題です。その中で手賀地区も立ち位置が明確になり自立した地域として輝けるのではないでしょうか。そろそろ都会ばかりに顔を向けたまちづくりから踏み出し、魅力的で安定した持続できるまちづくりに転換してはいかがでしょうか。

手賀川の早朝定点観察 2020年11月29日6時21分

一昨年から健康維持も兼ね、秋から春にかけて手賀沼周辺の早朝散歩を始めました。すると、そこには60年以上も暮らしながらいままで見たことのない空と水面の織り成す光景が広がっていました。それが刻一刻と様相を変えながら、太陽が昇るにつれ見慣れた農村風景となり、日常生活が始まります。このような中で千年以上も前から集落を形成し、代々、人の命をつなげてきた土地です。私はここに生まれ育ち暮らすことができたことをたいへん幸せなことだと思います。後世でも同じように命をつなげて行ける土地であってほしいと思います。千年続くようにとは申しません。せめて百年続きますように。これまでもその積み重ねだったでしょうから。

この記事を書いた人

すぎの梨園

杉野
すぎの
光明
みつあき
プロフィール

父の代から沼南地区で梨の栽培を始める。1973年から本格的に梨栽培を手掛け、1988年に就農。2013年には梨栽培を中心に農産物やジャム類・ドレッシングなど加工品も開発。梨シーズン中は自家直売所のほか、道の駅しょうなん農産物直売所でも販売。


また、休耕地を有効活用したひまわり栽培に取り組み、食の地産地消を目指してひまわり油を販売中。

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