「かしわライフ」第一章前編:カルチャーショック

まちレポNo.
4
シドニー

kamonスタッフ

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English version : Kashiwa Life Chapter One Part One: Culture Shock

ほとんどのみなさんがカルチャーショックという言葉を聞いたことがあると思います。それは慣れない文化を体験する戸惑いや苛立ち、そして慣れ親しんできた環境を恋しく思う気持ちで、食事や天候はもちろん、社会のルールにいたるまで自分が生まれ育った環境と異なるためにおこります。カルチャーショックは、柏に住んでも、また日本の他のどの地域に住んでも起こりうる普通の反応です。その体験は十人十色ですが、新しい文化に足を踏み入れたときに起こる反応はいくつかの段階があるので、これからご紹介しましょう。

ワクワク期
日本にもう夢中。文化、観光名所、食べ物、すれ違う人々…何もかもが面白く魅力的なのです。まるでアニメのような世界。自分がここにいて、これがすべて現実であることが信じられない。毎日がクリスマスと誕生日が同時に来ているかのよう。しかし、このときめく感情は次第に薄れていきます。今この瞬間はこんなに楽しいのに。

東京に引っ越したとき、私はいつも視線を上の方に向けていました。ニューイングランド地方の小さな町で育ち、都会暮らしをしたことがなかったので、私を取り囲むようにそびえ立つビルや光の数々に目を見張りました。満員電車も楽しい冒険のように感じました。「これって…一日の電車の利用者数が私の故郷の人口の200倍ってこと?」と思いをめぐらすこともありました。コンビニには時折びっくりするようなお菓子や飲み物が並んでいて目が釘付けになりました。「チーズ味のアイスクリーム?」「ゼリードリンク?」アメリカではあり得ないことでした。

イライラ期
日本での生活に目新しさを感じなくなってくると、新しい生活に慣れようと努めるでしょう。しかし、行く手には様々な困難が待ち受けています。魚介類が口に合わないとか、食べられないものもあるでしょう。また、日本社会特有の遠回しな言い方に困惑することもあるでしょう。そのような経験が続くと、動揺したり、苛立ったり、孤独にさいなまされたり、激しく憤ったり、傷ついたり、不安を感じたりすることもあると思います。その結果、日本人に会いたくないと思ったり、家に引きこもっていたいという衝動にさえかられたりするかもしれません。

今でもよく覚えているのですが、シェアハウスからアパートに引っ越したとき、銀行から転居先を尋ねる電話がかかってきました…それは、住所変更届を私に送るためです。「なんて無駄な作業なんですか!パソコンで住所変更をすればいいだけじゃないですか?…というか、システムを全部デジタル化したらいいことですよね? 私だったらその時間をもっと別な有意義なことに使いたいと思いますけど。」そんなことを電話口で言っていました。もちろん、電話の向こうの人のせいではないので怒鳴ったりはしませんでしたが。それでも、なぜこんな手続きをしなければならないのか理解できませんでした。

職業紹介所に登録したときにトラブルにあったこともあります。すでに日常会話や簡単な仕事においては英語を使わなくても日本語だけで十分やりとりできるようになっていましたが、私は独学で日本語を勉強したため、敬語を使う機会はそれまでほとんどありませんでした。ところが、紹介所の担当者は敬語での会話しか認めてくれなかったので、「別の言い方でもう一度説明してくれますか」と頼んだら、困惑した様子で「あなたには日本語は難しいようですね。別のサービスをご利用になったほうがいいと思います。」というようなこと言われてしまったのです。こうしてそのサービスの利用をあきらめることになり、挫折感と失望感が募りました。

現在の所属先でもある研究室に入ったときには、それまでの日本での仕事や生活とは全く違った経験をしました。「ここにはここのルールがあって、私は雑用を担当し、その雑用を行えばいいのね。」しかし、初めて先輩後輩という人間関係の中に入った私は、実際にはそのしきたりをよく理解していませんでした。2年生は私と話をしてくれない、誰も私の隣に座らない、入室したとき誰も挨拶してくれないという状況が続きました。「どういうことなんだろう? 何か失礼なことしたのかな? なんで嫌われているのかな?」幸い、長年アメリカで暮らしていたことのある先輩がいらして、私の混乱を理解し、私が何も知らずに破ってしまった暗黙の了解について丁寧に教えてくださいました。例えば、後輩の私は誰よりも早く研究室に行き、先輩のために部屋の準備をしなければならなかったのです。ルールを理解してからは、研究所の人たちとの関係も良くなりました。

異なる文化に対して心を閉ざさず、受け入れる気持ちがあれば、この時期を乗り越えることができると思います。次にカルチャーショックを克服するためのコツをいくつか挙げますので、ぜひ試してみてくださいね。

日本の流儀を受け入れましょう
母国と同じような暮らしができると思っている人は、なかなか日本の生活に慣れないでしょう。東京では母国のような広いアパートは家賃が高くて手が出せないという現実にショックを受けたり、見た目だけで判断して日本の食べ物を食べようとしなかったりする人を何人も見ました。私が知っている限り、長年日本で快適に暮らしている人はみな、日本が自分たちのために変わることはないということを理解し、受け入れることで、困難な時期を乗り越えているのです。

柔軟に対応しましょう
実をいうと、私は、最初はマヨコーンピザが苦手だったのですが、だんだん好きになりました。新しいチャレンジやちょっとした冒険だと考えれば、ワクワクしますよね。最悪の場合でも、私の口に合わなかったというだけのことですから。たいていの日本人は、興味のないことでも新しいことに挑戦している人を認めてくれます。ですので、このように柔軟に対応できれば、友達作りも仕事探しも楽になり、日本の生活が快適になってきます。

日本滞在歴の長い外国人と話をしましょう
初めて日本に来たとき、同じ時期に来日した人と話すと、みんな自分と同じ体験をしているので、心強いですよね。しかし、残念なことですが、文化の違いになじめずに帰国してしまう人も少なくありません。そのため、日本滞在歴の長い外国人に相談したり、滞在歴の長い外国人の友達を作ったりすることが大切です。

日本人と話しましょう(英語を話さない人とでも)
長年日本に暮らしている人でも帰国してしまうことがあります。私が初めて日本で勤務した職場の同僚のうち、日本に残っているのは半数くらいです。日本人の友達がいなければ、帰国する人を見送るばかりで寂しい思いをするだけになってしまいますよ。それに、せっかく新しい国に来たのに、その国の友達を作らないのはもったいないと思いませんか。

期待しすぎは禁物!
来日してすぐに有名なモデルになるなんてことは不可能です。都内で、職場に近くて、広い台所とクローゼットがついていて、家賃が5万円以下の2LDKなんて見つかりっこありません。片言の日本語しか話せないのに、有名な声優さんになるなんてあり得ません。こんな調子では、日本どころかどこに行っても期待過剰だと言われてしまいますよね。間違いなくがっかりするだけです。「通勤1時間圏内のクローゼット付きのアパートに住みたい」とか「自分がステップアップできるエンターテインメント業界の仕事につきたい」というような、小さい目標からスタートするのはいかがですか。

あきらめずにがんばりましょう
カルチャーショックはごく普通のことなので、その時期が過ぎるまで、ちょっとだけ我慢しましょう。そんな風に感じる自分を責める必要はありません。自分の気持ちを見つめて、なぜそのように自分が感じているのか理解してあげましょう。自分の心に寄り添って、自分を大事にしてください。それでもひどくつらかったら、カウンセリングを受けるのもよいかもしれません。カルチャーショックを専門に扱っているカウンセラーもいます。自分の気持ちに向き合えば、気持ちも和らぐでしょう。気持ちのやり場がなくなると、自分の殻に閉じこもり、悪循環に陥ってしまうこともあります。自分の心のメンテナンスをする時間も必要ですよ。日本に慣れるまでの努力は、絶対に報われますから!

この記事を書いた人

アメリカ

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シドニー
プロフィール

アメリカ出身だけど名前はシドニーです。2014年から日本に住んでいます。4年半ぐらい東京に居て、2019年に柏に引っ越してきました。私の故郷は田舎で、だから柏の自然が大好き。だけどレストランやモールもあるので嬉しいです。本当に柏というまちのファンです!

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