布施河岸・うなぎ道と名刹巡り

髙野
タカノ
博夫
ヒロオ
プロフィール詳細

近世の布施村は柏市域でも、最も繁栄した村でした。中世から利用されてきた「七里の渡し」は、常陸方面への主要な玄関口だったのです。江戸への物資輸送路として流路が変えられた利根川でしたが、土砂の堆積によって高瀬舟も航行がままならなくなると布施河岸がつくられ、流山への陸路が開かれます。布施は人・物・文化が交差する拠点となっていきました。今回の歴史散歩は、布施道(うなぎ道)に沿って由緒ある神社仏閣を訪ね、花々が咲き競う「あけぼの山農業公園を」目指します。

からスタート
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夕方からスタート
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Night Start

古谷入口バス停
(柏駅西口から東武バス乗車)

Start
1
10:00

古谷入口バス停、人々や馬が行きう街道「布施道」

はい!こんにちは!
柏の歴史アンバサダー
髙野です☆
kamonコンシェルジュの赤星です!登山が趣味で、手賀沼マラソンにも出ています!脚力には自信あり。今日はよろしくお願いします!
本日、ご同行させていただく、ハラデテル・イナバです(←ハラデテルとは、腹が出ているからです✨!)
とりあえず元気です!!頑張ります!
今回のルートをご案内します☆柏駅西口から布施弁天行き(柏04)のバスに乗車します。(北柏駅も経由)※路線バスは、本数が少ない場合があるので、ご注意ください。

柏駅西口から、布施弁天行の東武バスに乗り古谷入口で下車。

古谷入口バス停~八坂神社へ

徒歩 10分

距離 550m

布施香取神社と善照寺はいったん通過し、八坂神社へ向かいます。
布施道を挟んで立ち並ぶ民家の佇まいからも、歴史が感じられますね。
そうですね~。資料にも立派な農家が並ぶ集落だとあります。さて、八坂神社へ到着です。
みこし殿
八坂神社(布施)
 地元では「みこし殿」と呼ばれ、牛頭天王(ごずてんのう)をまつる神輿が納められています。牛頭天王は京都八坂神社の祭神として知られ、疫病・農作物の害虫、その他邪気を払う神様として信仰されてきました。いまでも7月15日前後の日曜日が祭礼日で、神輿が車に乗せられて各坪を廻り、疫病退散が祈願されています(今年の祭りはコロナ感染症の感染状況によっては、予告なく中止あるいは変更になることがあります)
 「みこし殿」裏手には、多くの石塔が建てられています。いわゆる卵塔と呼ばれる僧侶の墓塔で、眠っているのは東海寺の歴代住職です。ここはもと東海寺のあった場所で、宝永2年(1705)、弁才天の祀られた亀の子山へ引越し、今日の隆昌を迎えるのです。

住所 柏市布施442
TEL なし

お神輿を見てみる2人…
東海寺の歴代住職のお墓があります。
ちょっと、裏に回ってみましょう。
木立の中に石塔が並んでいます。
石仏をじっくり眺めたりして…
東海寺歴代住職の墓
ここから、利根川の方へ少し歩くと、布施城跡があります。戦国時代この辺りは相馬氏の一族が治めていたと考えられます。
お城ですか!なるほど、利根川と対岸が一望できて見晴らしがいいですね!
利根川の河川敷へ目をやると、布施河岸の【七里の渡し】があった辺りが見えます。では次に柏で唯一の時宗寺院へと向かいましょう!
七里の渡し(写真:柏市教育委員会)

八坂神社~善照寺へ

徒歩 1分

距離 170m

善照寺
鎌倉時代、遊行二祖他阿真教上人によって開かれた柏市で唯一の時宗寺院。本尊は善光寺式阿弥陀三尊像で、13世紀末から14世紀初頭の制作とされ、当時、布施一帯を支配した相馬氏一族によるものと考えられます。境内には時宗の開祖一編上人像が立ち、見事なスダジイの大木が長い寺の歴史を語っています。
※善光寺式阿弥陀三尊像は柏市有形文化財に指定されており、通常は非公開。

住所 柏市布施625
TEL 04-7131-4473

一遍上人像
「善照寺本堂」ご住職にご挨拶をして、境内を拝見させていただきました。

善照寺の秘仏 本尊阿弥陀三尊像(写真:柏市教育委員会)
一遍上人の像は、他のお寺でも拝見したことがあります。
一遍上人はひと所に留まらず全国を行脚されていたので、他のお寺にも像があるのでしょうね。「踊り念仏」としても知られていますよ。
では続いて、すぐ近くの香取神社へと向かいましょう!

善照寺~香取神社へ

徒歩 1分

距離 100m

香取神社(布施)
 本社の香取神宮は香取市佐原に鎮座し、鹿島神宮と並んで大和朝廷が早くから関係を持った神社です。カトリの名称はカジトリ(舵取り)に由来し、水運を掌るものとされ、祭神は経津主(ふつぬし)神。下総国の一宮として、利根川水系を中心に多くの分社があり、柏市内でも一番多い神社です。布施の香取神社もこのうちの一社で、参拝者への啓発のために社殿の三方には「司馬温公の甕割り」「黄石公と張良」などの見事な彫刻が施されています。鳥居の石段を下ると、人通りの少ない小道に突き当りますが、この道がかつての「布施道」です。布施河岸からの米・油・酒・茶などが馬の背で、加村河岸へと運ばれました。街道を行く人々を見守り続けた神社です。

住所 柏市布施635
TEL なし

香取神社(布施)
香取神社
香取神社の彫刻(司馬温公の甕割り)
布施の渡し(写真:柏市教育委員会)
香取(カトリ)の名前の由来が舵取り(カジトリ)だとは驚きました。水運の神様なのですね!
香取神社は河川沿いに多く、利根川や江戸川中心に分布しています。
では、続いて布施道をさらに進みます。

てくてく…布施弁天の方へ歩きます

あ!髙野さんが寄り道を!

布施道の途中にある、原の観音堂へお参りします
祠の脇に馬頭観世音が並んでいます。石塔石仏といえばお詳しい髙野さん! イナバ:こちらの石塔は????
馬頭観世音と書かかれています。荷物を運ぶ途中で亡くなった馬を祀っています。馬頭観世音は全国の街道沿いにありました。柏では他の場所にもありますよ。
馬頭観音がある道は、古くからある道だということですね!
そうです!鋭いですね~。では先に進みましょう!

香取神社~南隆寺へ

徒歩 10分

距離 550m

南龍寺山門
南龍寺
 
布施村は柏市域で最も大きな村で、元禄11年(1698)新しく領主となった本多氏に提出した『村差出帳』には4か寺が記載されています。南龍寺もその一つで、正保4年(1647)浄土宗寺院として創建され、寛文9年(1669)現在の地に引っ越したと記録されています。竹林山と号し、本尊は大日如来です。境内の墓地には、明治29年(1896)鉄道開通に伴って開設された柏駅の誘致に、大きな役割を果たした小柳七郎の墓もあります。

住所 柏市布施1285
TEL 04-7131-6913

「南龍寺」へ…。ご住職にご挨拶をして布施地区ゆかりの方の墓塔へ
小柳七郎の墓塔を撮影する髙野さんを撮影(笑)
小柳七郎の墓
小柳七郎って、どんな人?
 
布施村で代々、医師を営む小柳家に生まれました。松ケ崎村出身の儒学者芳野金陵の塾で漢学修業を重ね、小金原の開墾に参加するなどの事業家としても活躍します。明治29(1896)年の鉄道開通に際しては、自らの土地10町歩を提供して誘致活動を行い、柏駅開設に大きな役割を果たした人物です。七郎がいなければ、今日の柏市は少し様子が違っていたかもしれません。『富勢村誌』(大正6年刊行)によれば、その人物評は「鉄道が敷設されるや、イバラの生い茂る荒れ野を市街の地となしたり。豪快にして、よく談じ、よく語る。まれに見る奇人なり」とあります。
明治時代、人々にとって鉄道はまだまだ異文化でした。「よそ者が入ってくる」「疫病が運ばれる」「経済的に打撃がある」と否定的な意見が多かったようです。
その頃に、柏駅開設のために土地を提供したとは!
驚きですね!
距離や時間の感覚が今とは違いますから。小柳七郎さんは、先の時代まで見えていたのでしょうか。
では布施村の名主さんの家へお伺いします。

2
10:40

布施村名主 後藤家へ

布施村名主 後藤家
 布施村は大村であったので、成嶋家と後藤家という二軒が、一年交代で名主役を務めていました。後藤家ではこれに加えて布施河岸の河岸問屋も兼ねています。河岸問屋は荷宿とも呼ばれ、「着岸」した荷の数量・手付荷などを改めて船頭より受取り、馬を呼び集め村方のものに公平に順番に荷を割り振るのが仕事で、荷主からは一定の手数料が支払われました。村の有力者であった後藤家には多くの古文書資料が残されており、当時の様子を窺うことができます。中でも注目されるのは江戸時代の中頃、東海寺の住職を支援し、あけぼの山に桜を植え、集客による観光地化を図ったことです。江戸はともかく、花見は庶民の娯楽としてはまだまだ普及していませんでした。地域性や時代を考えれば、相当先進的な取り組みといえるでしょう。その後も俳人白井鳥酔(しらいちょうすい)等を招き、句会などを開いて桜山を宣伝し、維持していったのです。※現在もお住まいとして使われていますので、敷地内には入れません。

住所 柏市布施1589

後藤さんに貴重なお写真や資料を拝見させていただきました。
弁才天・御夢想・後藤又右衛門と書かれた「めぐすり」の看板。後藤さんによると、江戸時代(中期)「めぐすり」を製造し無料で配っていたそうです。弁才天の「才」が「財」ではない理由は、お金(財)をいただかず無料で配布していたからだそうですよ。
満開の後藤家の桜、根元に鳥酔の碑が残る
髙野さん:桜の木の根元に、ご注目を!
鳥酔の句碑
桜の根元に建てられた、鳥酔の句碑がひっそりと…
当時のお金持ちの方は、有名な俳人を招いて「句会」を開いたそうです。あけぼの山の桜山の素晴らしさを詠んでもらい、全国へPRしたのでしょうね。
地元の魅力発信!広報活動ですね!インフォメーションセンターもがんばります!!!
後藤家の式台玄関
茅葺屋根の頃の後藤家
立派な式台玄関と茅葺屋根ですね!
河岸問屋として繁栄していましたからね。布施地区全体的に東海寺の門前町としても栄えていたそうです。
江戸時代、後藤さんは桜の植樹で観光地化を図ったり、明治時代、小柳七郎さんは柏駅設置に協力し土地の提供をするとは!みなさん、すごいですね!
実は、他にも柏には素晴らしい人々が沢山いらっしゃいます。以前の「広報かしわ」に連載していますので、よかったらご一読くださいね。こちら

後藤家~橋本旅館へ

徒歩 3分

距離 240m

布施橋本旅館(写真:柏市教育委員会)
橋本旅館
 布施道を行き交う人々や、布施弁天への参拝客、あけぼの山の花見客が利用したのが橋本旅館。創業は天保年間(1830~1843)とされ、戊辰戦争末期、東北に向かう旧幕府軍の大鳥圭介・土方歳三らが布施に布陣した時には、本陣として使われたと伝えられています。利根川から揚がった鰻や鯉の料理が旅人たちの楽しみでした。※現在もお住まいとして使われていますので、敷地内には入れません。

住所 柏市布施1589

土方歳三が布陣していたのですか!(驚)幕末!!!萌えるぅ
(笑)では、次へ。
布施道を進みましょう。
布施道沿の常夜灯
布施道にある常夜灯です。
夜道の安全のために設置されました。今でいう街頭ですね。
ではいよいよ布施弁天です。

3
11:30

江戸時代の観光スポット~布施弁天~

写真:小川兄弟

写真:小川兄弟
布施弁天 
 紅龍山東海寺と号する真言宗豊山派の寺院です。もとは布施村の古屋地区にありましたが、宝永2年(1705)弁才天が祀られていた亀の子山に引っ越し、これと一体化することによって、繁栄の一途をたどることになります。
 赤松宗旦の『利根川図志』(安政5年・1858)に「田中に孤山あり。弁財天を祀る。ここは関東三弁天の一にして、詣人群衆し、戸頭の渡船を望み、曙山の桜楓を眺めて頗る勝景と称するに足れり。」
 また、明治39年に訪れた大町桂月は、「布施の弁天は小孤丘の上にあり。階下に楼門をひかえてかなり大なり。老樹しげる。むかしより名高き寺にて今も参詣者多し。丘より南数十間のところは桜山とて、桜多く眺望もよし。布施弁天は一遊して可なる処なり。(略)」と『東京遊行記』に紹介しています。
※布施弁天については、次回の「こだわり・柏の社寺」第2回で特集します。    

住所 柏市布施1738
TEL 04-7131-7313

布施弁天へ。
まずは、お賽銭を投げて参拝を!
境内の緑と朱色が鮮やかです
本多氏によって寄進された絵馬
今日は、特別にご住職からお話をお伺いすることができました
資料を見ると、「布施」という地名は古くから出てきます。古墳や遺跡もあり、文字が使われる以前から人々が暮らしていたのだと思われます。
布施弁天は「関東三弁天」の1つというと、あとの2つは何処でしょうか?
江島神社弁天堂と浅草寺弁天山(弁天堂)と言われています。諸説あり。です。
江の島と、浅草!そんなメジャーな観光地と肩を並べるとは!
ここ「布施」は、小林一茶など著名人も来て句を詠むほどの観光地ですよ~。詳しくは、歴史発見・スポットコーナーで「布施弁天」を紹介します!こうご期待!
こんもりとした緑の森が弁天古墳
弁天古墳
 布施弁天の参道階段に向かって、右手の小高い森が弁天古墳です。5世紀の前半に造られた前方後円墳で、墳丘の長さは35メートルあり、頂上部には後世に祀られた妙見菩薩のお堂があります。埋葬施設からは滑石製の模造品や臼玉、鉄剣などが出土していますが、この古墳を有名にしたのは石枕と立花の発見でした。石枕や立花を伴う埋葬方法は、香取地域から印旛沼周辺に主に分布しており、なぜ、このような場所から発見されたのか、古代のロマンにあふれた古墳です。
弁天古墳から出土した石枕と立花(写真:柏市教育委員会)
古墳時代は、弥生時代の後の3世紀~6世紀の時代です。古墳は身分の高い者や権力者が埋葬されるお墓です。
古墳時代から人々がいたのですね~!
古墳を築くには、大勢の人手が必要ですから、5世紀頃には沢山の人々が暮らしていたのでしょうね。柏市では縄文式土器も多く発掘されているのですよ。
では、あけぼの山へ!

布施弁天~あけぼの山農業公園へ

徒歩5分

距離100m

4
12:00

風光明媚なさくら山。あけぼの山農業公園

あけぼの山農業公園 
 18ヘクタールの敷地面積を誇る農業がテーマな柏市の公園。さくら山や日本庭園(柏泉亭)など、変化に富んだ魅力が自慢です。さくら山は近世中期、人工的に植栽され有名になったもので、地域おこしの先進的な例として注目されています。域内には小林一茶の句碑も建てられています。

あけぼの山農業公園

住所 柏市布施2005-2
TEL 04-7133-8877

公園内では、季節ごとに様々な植物が見られます
もうすぐアジサイの見ごろかな…?(6月頃)
園内を散策し、さくら山へ
さくら山から、布施弁天や筑波山も見えます。方向を変えると富士山も見えるそうです。
こんもりとした緑の中に、布施弁天が見えますね。
小林一茶の句碑の俳文碑。
布施村名主の後藤家は、風光明媚なこの地のロケーションを活かし、さくら山に桜の木を植え花見の名所とするなど、布施弁天一帯を一大観光スポットとして整備しました。地域に人が集まることで経済が活発になるしくみづくりをしてきました。また、当時としては先駆的なまちづくりの達人であったと思います。
なるほど!
流通の要所だったことで、この布施地区が発展してきたということを、今回あらためて知ることができました。
古墳時代から、柏に人々が暮らしていたことが意外でした!昔から発展していたのですね。
そうですよね~。知れば知るほど興味がわいてくるでしょう!「柏の歴史発見!」また次回をお楽しみに~!

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Goal !

この記事を書いた人

髙野
タカノ
博夫
ヒロオ
プロフィール

柏の古文書や石像をず~っと調べて40年。
柏の歴史って素晴らしいので、ぜひお知らせしたいと思っています。